【読書】芸術起業論

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芸術起業論

村上隆の本を読んでみたいと思ったのは、先日アップされた森美術館のyoutubeチャンネルにアップされた動画を観たことに始まる。アーティストというより、商売人気質を感じて、岡本太郎と相反するような思想の持ち主なのかと誤認しかけたことと、動画内で連呼する西洋文化圏でのアートのプロモーションの仕方とは何なんかを理解したいと思って図書館で本を借りるに至った。ただ、借りるときに表紙のインパクトが凄くて若干の羞恥心を覚えた。

この動画で村上隆が東村アキコのファンだと言うこと、そしてエイフェックス・ツインが好き(ただ10年後には残らないとの批判も有り)だということもこの本を通じて知った。エイフェックス・ツインの作る無機物であり有機物である電子音楽のように、芸術は常にパンクであり、反社会体制であり、おそらくマルクスの共産主義も「アンチムーブメント」の同じ潮流にあった。

弁証法を用いれば、現象を批判することによって人間は絶対知に到達するのであれば、(弁証法を手形にして何にでも食ってかかる人間が苦手だが)どんな芸術であれ合理性を担保出来るような気もする。

現代社会が抱える既得権益・矛盾へのアンチテーゼの表現は、本質の追求のみで終わってならない。分業制、美術思想・コンテクストを構築し、村上隆の徹底したマーケティング、マネジメント、プロモーション方法が語られる。

ヒットというのは、コミュニケーションの最大化に成功した結果です。…お客さんのニーズに答えることも、作品は自分のためのものではないという観点も、ある意味ではまっとうに思えるとところがあるのです。

P41,P50

美術の世界の価値は、「その作品から、歴史が展開するかどうか」決まります。…西洋美術史の文脈に至るまでの入口をどう作るか。それが重要な問題なのです。

P79

たとえば欧米の美術市場における芸術作品の制作の必然性には「自分自身のアイデンティティを発見して、制作の動機付けにする」ということがあります。…「欧米美術史および自国の美術史の中でどのあたりの芸術が自分の作品と相対化させられるのかをプレゼンテーションすること」も重要とされています。

P88

文脈がなぜ重要かと言えば、コンセプチュアル・アートの創始者とも言われる便器野郎ことマルセル・デュシャンの泉が本書にも登場するが、なぜデュシャンの作品が芸術と呼ばれるのかを理解しろと。つまり、デュシャンは作品を生み出すのはアーティストだが、それを後世に残すのは鑑賞者で有り、鑑賞者が創造的行為に関わることで作品が完成する。それが今日の現代アートのムーヴメントの原点となっている。

会社の業績が悪かろうがよかろうが株価さえあがればいいという投資家の本音のように、作品の価値とは実態のない虚構から生まれるものなのです。

海外の美術の世界は「すごい」と思われるかどうかが勝負の焦点になっている。「新しいゲームの提案があるか」「欧米美術史の新解釈があるか」「確信犯的ルール破りはあるか」といずれも原稿のルールに根ざしています。

芸術で最も重要な問題は「いかに新しい表現を探しあてられるか」に尽きます。

P109,P17

村上は、日本ではアニメ制作のように芸術作品を集団で行う下地があり、歴史的必然性の中で漫画・アニメが創造され、美術の文脈に沿う形でアウトプットしたのが自身の作品だと語る。そして、その作品群は欧米の資産家たちの売買及び投機の対象物であると。

後に6800万円の値が付いた「Miss ko2」の制作秘話に、岡田斗司夫や海洋堂の宮脇修一の名前が出てくる。有名な話かもしれないが、自分は知らなかった。オタク文化の文脈を知らない門外漢が、一見するとオタク文化を馬鹿にしたような作品を等身大で作りたいと依頼することに、職人は難色を示したらしい。

本書では、アーティストに必要な「欲望と怒り」についても描かれている。20世紀を代表するポップアートの重鎮「アンディ・ウォーホル」が非常に明快な「欲望の塊」を持った人間で、ハゲは恥ずかしいからカツラを被るとか、アートをやっていると尊敬されるとか、そういう理由だったと描かれているが、これはまた勉強したい。この前観たバンクシーの映画に出てきたティエリーも同じような人物かもしれない。

村上の欲求の根源は「生きていることが実感出来ない」をなんとかしたい、にあるらしい。強い欲求に根ざした活動がなければ、世界に通用する強い価値を生み出すことが出来ない、と。欲深さと業を成功に導ける人は、合理主義者でサイコパスであるのが必須条件で、歴史に名を残す人はそういう人でないと務まらない。

過激で面白かったので、芸術闘争論も読みたい。