【読書】反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」

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内容

「悩み」とは、何かが起きた時にそれを受け止めて感じる「心の反応」である。世界が悪い訳ではなく、それをどう受け止めるかは本人の主観による。心の在り方が世界の在り方なのである。

悩み(心の反応)には原因がある。原因には対処する方法がある。ブッダは人間の悩みを分析した、ある意味では科学者のような人物。仏教徒は正しい理解で苦悩から自由になる合理的思考のこと。

①言葉で原因を理解する、②感覚をマインドフルネスで意識する、③分類する。

悩みの分類

以下の3つに分類される。

①貪欲:求めすぎ、期待しすぎ

②怒り:失った悲しみ、挫折、コンプレックス

③妄想:思い込み(判断)、不安、優劣、善悪

自己否定防止エクササイズ

どんなとも自己否定しない。人間は放っておくと、自己否定を始める。自己否定を始めることで、承認欲求が乾き不快感をもたらす。それを埋めるために、人間は自己又は他者に「攻撃」を始める。もしくは、「逃避」行動により依存に陥りやすい。自己否定は百害あって一利なし。自己否定は毒だ。自己否定はしないとDNAに刻みなさい。

①:マインドフルネスで身体の感覚を把握する。一歩一歩外を歩く、身体の感覚を捉える。自分の内側にある感覚をぼんやりと眺め、身体の状態を把握する。

②:思い込みの外に出る。人間は優劣と善悪を勝手に判断する。広い世界を見渡す。

③:「私は私を肯定する」と口に出す。

正しい動機とは

競争社会を生き抜くことと、悩まずに生きることは両立できる。自己否定や他者否定をエネルギーに変えることはできない。

「慈・悲・喜・捨」の4つを正しい動機にする。相手の幸せを願う。相手の悲しみに共感する。相手の喜びに共感する。欲・怒り・妄想を手放す。

感想

反応している自分に気付き、生活している中のほとんどの時間をマイナス思考と向き合っていることに気付いた…本当に人生損している…絶対に損してる。私はそのマイナスの刺激に対して自分から近づき、自らの手で苦しんでいる。

人によっては理不尽な言葉を受け取らずにさっと流してしまう人もいるはず。言ってることは絶対的に向こうがおかしいことも多いけど、それをいつまでも気にしてしまう私も私よ。

3つのステップを実行

①:マイナス思考や過去の記憶に反応している自分に気付く。反応したことを口に出して自覚する。
②:マイナス思考をただ「ある」ものとして観察する(受け入れず、無理に離さない)
③:別のことに意識を向けて、夢中でやる。

快(幸福)に目を向けて、今にトキメク楽しい人生を作っていく。ネガティブなのは言い換えれば現実をきちんと見てるってことでもあるから、億劫にならないようにしようとおもった訳よ。

私の場合は特に目を閉じているときに、マイナス思考の連鎖が始まってしまうことがある。まず反応している自分に気付き、少しずつ快の思考へシフトチェンジする訓練をしていきたい。

他人に期待しない

大抵、相手が分かりやすく情報を伝える事を意識していれば、例えば前提条件を補足したり、結論から先に述べたり、欲しい情報は何かを明確に示したり、会話のクッションが巧みだったり、あとは人間性が好きだったりすれば、ちゃんと応対します。

でも、どう考えても他者に配慮したコミュニケーションの形になってない状態でボールを投げてくる輩に優しくしなくていい。ってか、私はそんな器用な人間じゃねえ。

「他人にどう思われるか気にしない」とかそういう話が巷では騒ぎ立てられますけど、もう他人の評価を気にする余裕がありません。申し訳ないけど、怒ることに躊躇したり、他人の期待に答えるリソースを持っていません。以前に、自分が出来ないことが証明されたので、出来ないから仕方ありません。

「他人に期待しないこと」について、以下長い記事をダラダラと書きました。

ヒトは無意識のうちに期待する

話していて、この人カロリー指数が高いなって思う人は適当に話を流すようにしている。他人も相手も期待しない考え方を意識した結果、仕事中にこの人の話はあんまり聞かないようにしようと自動的に身体が判別するようになってきた。デリカシーのないコミュニケーションをかましてくる相手に対して、どうして真面目に応対する必要がありましょうか。いや、ありませぬ。

カロリー多め、糖分マシマシの食事ばっかり食べてると身体に負担がかかるのと同じように、デリカシーのない言い方や、暗黙知のオペレーションをこちらに考える時間を与えずに伝達してくる輩に真摯に対応していると、疲弊するばかり。そんなことに消耗する体力は自分にはありません。

相手が自分の思い通りにならない時に幻滅する幼稚な感覚は、以前と比べて相当に減った。年齢も重なってきて意見の衝突を許せるようになってきたのか。(たまに理不尽にブチギレそうになるから、ブログに書いててすみません)

誰かと話した結果、相手に幻滅する時間をなるべく過ごしたくない。人に期待しないことで、むやみやたらに幻滅しない。相手を操作する傲慢な考え方はやめよう。自分にも他人にも期待したい考え方が自分には合っている。

  • 自分には能力があると期待しない。
  • 他人は話せば分かると、期待しない。
  • 困ったら誰かが助けてくれると、期待しない。見返りを期待しない。
  • 有名人/学歴がある/お金持ちでも、人間力には期待しない。

他人に期待しない考え方は、理想と現実のギャップを小さくする手法であり、逃げの手法でもある。始めから期待していない方が、ちゃんとやれたら儲け物だと思えるので、考え方として楽なのは間違いない。

人間は「無意識のうちに他人に期待する動物である」らしい。でも、相手は自分の通りに動かないし、相手だって相手なりの考えや感情がある。どんなに足掻いたって、他人は他人なんすよ。

「自分の思いは相手に伝わる」と思うのは傲慢な考え方で、特に個人の主観や感情を押し付け・服従させようとするのは、ハラスメント以外の何者でもない。相手にしないし、自分もそれを受けなくていい。相手に思いが伝わらなかったと言って幻滅する必要もないし、他人は他人でしかなく、自分も自分でしかない。

ニュアンスが難しいけど、分かり合えなくて良いと断言している極端な話でもない。ベースとなる考え方は「期待しない」方がいいということ。その方が、例え分かり合えなくても相手の意見を尊重した状態でコミュニケーションを続けることができる。何でわかってくれないんだ!を押しつけなくて済む。大人になったら、平行線でしか会話が成り立たないケースはたくさんある。