【読書】Think clearly

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Think clearly

仕事の取捨選択

人類は「好かれたいという病」によって、安請け合いをするように作られている。「貴方が好きだからお願いしているんですよ〜」と好意を伝えられると、人は断りづらい。引き受けても意外と感謝されない方が多い。5秒考えてもまだ迷っているのならNOで返していい。

頑固さを周囲に理解してもらえ。能力の輪〈=得意なジャンル〉を出るなよ。つまりは蟹穴主義であれ。論理より尊厳を重要視しろ。気乗りしないなら止めろ。嫌なら断れ。断るときの対応は、プログラミングする。

本音をさらけ出すな

感情は当てにならない。相手を許せないと思っていても、気持ちは変わる事がある。嫌っている相手でも、その相手から肯定する言葉を投げかけられると気持ちが和らいだりするもの。

アプトプットの取捨選択をしろ。

わからないことは分からないと答えよ。詳しくない事や興味のない事に意見を言うべきでない。知らない事に関しては、人はポジティブ・ネガティブ、つまりは好き・嫌いしか答えられない。複雑な問題に対しては「分かりません」と言った方が、知能の低さを露呈しなくて済む。沈黙や無意見は、むしろ知性を示す。

情報収集し過ぎない

インプットの取捨選択をしろ。

ニュースの量を制限しろ。90%はゴミだ。信頼できる相手とだけ付き合え、好感と信頼が重要である。付き合いをやめる人の名前を紙に書いて、ゴミ箱に捨てる。本をたくさん読むのではなく、良い本を繰り返し読めばいい

てめえに世界は変えられない

目標を取捨選択しろ。

てめえに世界は変えられない。大きすぎる夢を持つな。勝つことより負けないこと、何を手に入れるかより何を避けるか。

てめえに世界は変えられない。てめえが変えられるのは、自分の人生だけだ。お前はお前の事やれ。枠外のことはやるな。

感想

断るプログラミング

本書の「断るプログラミング」を自分でも作ってみた。

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「出来ません」と発言すると、特に高齢者は気が短く「なんで出来ないんだ!それなら俺は協力しない、そんな話は聞いていない!」と高圧的感情的にその場で怒り狂う。そこには客観的事実は皆無で、相手が自分の思い通りにならないことに腹の虫が治らないのである。

主観に任せ冷静さを欠き、高圧的に相手を罵倒する態度は、人間の知性に対する冒涜であり、また不遜な道徳感を露呈する行為であると思う。客観性を無視した自分の思い通りにならないことに激怒する態度を「老害」と呼称し、

客観的な視点に立った発言に対して、それらを自分の都合の悪い部分だけをデフォルメして事実を捻じ曲げ、勝手にマジギレする。そういうジジイが多過ぎて、それらを真面目に受け取ってしまうと、精神疾患を発症してしまう。

人間が用いる話し言葉というのは非常に不確かなもので、なぜならその時の『感情』が発生しているからである。今日は取引先の機嫌が悪かったから商談が上手くいかなかったというのは、よくある。逆も然り。だから、電話よりメールでの情報交換を信頼している。主観を介入させずに客観的事実だけで会話をするのは人間が人間である以上、非常に困難な作業である。

そのため、社会ではよく「検討します」という言葉に置き換える。事実上の「出来ません」ということなのだが、はっきりと言わずにはぐらかす。「出来ません」と言わずに、本音をさらけ出さない。それでもいいかもしれん。

馬耳東風も大事だけど、無視する・聞き流すだけの対応では自己防衛出来ません。以前に「ネガティブを愛する生き方」を読んで、怒りの感情も大切だって理解した。そして、同時に〈過度に〉他人に期待しないことも重要。

自分にタスク処理を課せられている事柄かどうかが、自分の中で最重要であり、そこでの衝突はありうる。と言うか、それしかない。言われていることが理不尽なことでも、自分にタスク処理を求めらていない事柄であれば、イライラする必要もない。

内容がどうであれ、タスク処理する際に自分が実行できるワークフローまで見えていないと、なるべく仕事を引き受けないようにしている。あとで疲れるのは自分だって目に見えているから。抽象的に仕事を依頼してくる輩というのは、そのアウトプットに必要な手間と時間を要するのか見積もっておらず、操作に必要なオペレーションの手間隙を想像できていない。

私は職場の中でサッと業務のアウトプットをこなせるのは早い方だと思う。だけど、それには今まで仕事における最適化を図ってきた蓄積があってこその技術である。その苦労を分かっていない輩に自分の時間を簡単に搾取されたくないわけ。

抽象的な依頼はそのままお返し

突然に電話をかけてきて、抽象的な説明でアウトプットを求めてくる輩って大抵仕事が出来ない。労力に対する対価が金銭としてやり取りされるなら別の話だが、ここで話したいのは、社内でのやり取りについてである。

誰かに業務をお願いするというのは、当然にその人の労働時間を使うのだから、「お願い」に関しては発信者側に明確な指示が必要だと思う。(自分はそれが敏感過ぎるので態度に表さないよう、周囲との関係性がぎこちなくならない程度に注意している)

あまりにも抽象的な依頼に対しては、聞き返すこともあるが、お願いに対して基本的には文句を言わずに受注するようにしている。ってか、おそらく仕事のノウハウがある程度蓄積されてきた結果、お願いに対して何かしらのアウトプットを出せるレベルまで取り敢えずは習熟度が上がってきたのかもしれない。

以前はお願いをされても、どうやってそれを解決すれば良いか分からないために、感情的になったり、無理難題をいう相手にキレたりしていた。これは単純に仕事に関する習熟度や技量が足りていなかった。

相手の依頼事項をあまり深く考えずに、依頼されたことをそのまま提供するようにしている。「前に話をした資料があるか確認してください。明日までに契約概要を入力して下さい。変更した理由については、○○がわかるように書いてください。」って言われたら、そのままで返す。

考えてしまえば、なんでそんなことが必要なのかとか、本当はもっとこうやった方がいいんじゃないか、など思ってしまうこともあるが、相手の要求をそのままストレートにアウトプットしてあげた方が意思疎通に関しては自分が楽だったりする。

50点のアウトプットを要求されていることについて、80点では返さない。50点なら50点で返せばいい。相手がアウトプットをどのように活用するか分からないし、依頼されたこと以外を頑張った結果、アウトプットが出来がらない状態で放っておく方が自分の精神衛生上良くない。

気になった瞬間に質問する○○

これまでの経験上、ADHDの性質が強い人に多いのだが、「今この瞬間に、何となく気になったこと」を矢継ぎ早に質問する人がいる。打合せに入った途端、協議の趣旨を明確にしないまま、分からないと思った情報を気になった瞬間に相手に投げ始める人のこと。

その疑問というのは、課題を解決するフローを考える道の途中の何処かで必要な要素ではあっても、今そのことについて、この時間を使って考えるべきではない。むやみやたらに小さな要素を拾い上げるのは、時間の無駄。

「なぜその質問を、今する必要があるのか?」が、明確になってない事案に対しては、他人の話を聞かないスイッチが入ってしまうようになった。イシューを定義せず、問題に対するプライオリティのタスク設定を想定しようとしていないから、小さな要素ばかりを突こうとしてしまう。課題に対するボトルネックが何なのかをイメージせず、どこから手をつけるべきなのかを察知出来ていない○○。

こういう人は、仕事の優先順位付けが出来ないから、タスクを溜めやすい。忙しいと周りに嘆き散らかしながら、仕事やってる感を常に演出しようとしている。

ただ案外、相手と議論しながらリアルタイムに課題の要素を優先順位していくのは、結構難しい技術かもしれない。課題全体の要素を捉え、会話の中で優先順位付けしていく「課題の並び替えの作業」というのは、ある程度の経験値がいる。

今は普通にやってるけど、最初は専門用語が分からずに、会話の内容を追うので精一杯だった。だから、あんまり偉そうにしないし、みんな出来ると勘違いしないようにはしたい。

したくないことをしない

職場の窓際族のおじさんたち。誰にも話かけられないし、毎日タバコを吹かすために職場に来ているんじゃないか説。うちの職場でも、嫌われている定年前のおじさんがいるのだが、自分も基本的に自分から話しかけない。

20代までは何かを得るために、誰かに気に入ってもらえるように取り繕う必要があり、「誰にどう見られる必要があるか」を気にする必要があった。相手の話をちゃんと聞かないと、議論の中心となっている事柄が、どのくらいのプラオリティに位置していて、仕事を回すのに必要不可欠な事項なのか理解出来なかったからだと思う。これは単に習熟度が足りないだけだった。

これはニヒリズム的観点の話ではない。他人の価値観や評価でモチベーションを落とさず、またワークフローが確立されていないプライオリティの低い作業を簡単に引き受けることをせず、「したくないことをしない」選択をする主体的な判断である。自分が全知全能なら別だが、合わないことって誰にでもある。