日記

【日記】ひきこもり体験記

投稿日:2019年8月10日 更新日:

ひきこもり体験記#1:気づき

去年のこの時期を振り返ってみると、「大人のひきこもり」の真っ最中で。

今になって実体験として記録しておく必要があると思い立ったので、「ひきこもり体験記」を綴ってみたいと思う。

大人のひきこもり

自分の場合は、あることがきっかけで立ち直ることが出来たけれど、心労から社会復帰が難しく離職し、長期間のひきこもりに陥るケースも多いようで。

「大人のひきこもり」なんて社会では問題視されているけど、気付けば自分が当事者となっていた…。

今年の3月29日に内閣府が自宅に半年以上閉じこもっている「ひきこもり」の調査結果を発表している。その結果、全国推計で100万人いるとのこと。その7割が男性で、中でも40歳〜64歳の割合が最も高いらしい。

80代の親の苦境が「8050問題」として社会的に注目されるようになっているけど、ひきこもり経験者となってしまった自分には、全く他人事には思えないようになってしまったのである。

家族関係

ひきこもりになる人で最も多いのが、家庭環境に問題があるケースとのこと。親子での信頼関係を上手く築けないことから、対人関係に自信が持てず、いじめ、受験、就職活動、仕事に失敗した経験から、社会に出ることを怖れるようになってしまうのだと。

だけど、私の場合は家族に恵まれており、両親及び兄弟との関係性は良好である。また、うつ病を機に、父親とも面と向かって話す機会が増え、お互いの意見をより尊重しあえるようになった。病院の主治医からは、「家族関係が良好な○○さんは、他の患者さんと違う気がする」と診察時に言われた気もする。

また、家族との関係が上手くいってない場合は、治療期間が長くなるケースが多いとも聞いた。フィジカル面のサポートと、自己信頼を取り戻す作業において、やはり家族との関係性は重要事項なのだと。

違和感のきっかけ

親しい夫婦との会話で…

体調の変化に気づき始めたのは、ちょうど今から2年前くらいの出来事。確か夏頃。

ある晩、職場の同期で最も親しい友人と、夜ご飯を食べに行く約束をしていた。声を掛けると、奥さんも一緒に来てくれるとのことだった。

旦那と2人で、職場近くの蕎麦屋へ入り、少し遅れて奥さんも合流して乾杯。

何気ない会話の後、なんだか会話がよそよそしいなぁと思って探りを入れてみると、「奥さんが妊娠した」という報告を受けたのであった。

(職場では、夫婦共に美男美女として評判が高い。ただ自分の場合は、外見よりも彼らの"人となり"に惚れ込んでいる。誰かを傷つけることなく周囲を笑顔に出来る、夫婦共に周囲から愛される存在。職場に復帰してからまだ会えていないが、彼らの人間性が今でも変わらず好きなままでいる)

何故か喜べない

どうやら、家族以外で妊娠報告をしたのが初めてらしい。社交的な彼らは自分以外にも当然に親しい友人が沢山いる中で、自分なんかに最初に報告をしてくれたのが嬉しく思える"はず"だった。

彼らの家で一緒に餃子パーティーをした時も、一緒に海水浴に行った時も、夫婦との何気ない会話に癒された。一緒に居るだけで、楽しいと感じられる稀有な存在だった。だから、ずっと前に結婚報告を受けた時は、自分のことのように嬉しかった。

でも、この時ばかりは、何故か素直に喜べない自分がいた。「良かったね!おめでとう」と言葉にしても、何か本心から出ていない気がしてならない。そんな違和感を抱えながら、店を出る時間になってしまった。

「今日はありがとうね」と夫婦から会釈され、店先でお別れをした。帰路に着く夜道を歩きながら、帰り際の作り笑顔とは裏腹に、ひどく落ち込んでしまっている自分がいた。

大好きな人達から、新しい命を授かったことを逸早く報告してもらったのに、何故素直に喜べないのか。好いている人達の幸せを喜べないなんて、自分の心はここまで荒んでしまったのかと。

彼らの幸せを喜べない自分に、心底絶望した。

今考えれば、鬱症状によって感情障害を引き起こしていたのだと思う。意欲や気力が低下し、喜怒哀楽の表現が乏しくなっていたことが原因だった。

それ以降、急激に体調が悪くなってしまうのだが…。

ひきこもり体験記#2:原因

実は、既に書き起こしの作業がしんどくなってきている。

うつ病から「大人のひきこもりを作った原因」を思い出すことは、当然に自分の悪い部分を掘り起こすことにも繋がるから相当に辛いみたいだ。

だけどこれは、今後自分がまた病気を引き起こしそうになった時に、記憶を辿る為の備忘録。なるべく正確に、残しておきたい。

3つの原因

主な原因としては、以下の3つだと後から考えた。

①:セロトニン欠乏
②:気質の判断不足
③:ヒトに対する苦手意識

周囲から見れば、なんだそんなことでうつ病になったのかと思われるような気がするが、なってしまったことは仕方がないし、複合的な要因がタイミング的に重なってしまったこともある。内的要因もあれば、外的要因も有り、幼少期の体験から自分の認知が歪んでしまっている部分もある。そられの思い当たる部分について、以下に列記したい。

セロトニン欠乏

発症事後は「職場環境」が大きな要因だと認識していたが、今思えば「フィジカルケア」が不十分であったことが1番の要因かもしれないと見直しているところ。「太陽の光を感じない…」と思っていたのも、セロトニン欠乏が原因ではないかと。

デスクワークが中心で、1人暮らしで、運動習慣が無く、食事もコンビニ食で済ましてしまうこともあった為、体内でセロトニン合成が上手く機能しなくなっていたことは可能性として大いに有り得る。

治療中から、多くの改善に取り組んできた。

セロトニンの元である必須アミノ酸のトリプトファンを食べ物から多く摂取するようにしている。運動習慣として、筋トレ、zwiftによる有酸素運動を行ったり、マルチビタミンとオメガ3脂肪酸をサプリメントから摂取するようにしている。やっぱり身体が資本。

性質の判断不足

社会人に出て初めて、内向型人間だということに始めて気づいた。

充電の為に1人でいる時間が必要であり、常に内向きのベクトルが向いている。他人の機嫌や、周囲の空気感を汲み取り過ぎてしまう。

更には、他人に対する「配慮やリスペクト」に敏感過ぎるがあまり、他人にも自分と同程度の配慮を求めてしまう癖があったりもする。

この性質を、社会人になってからようやく理解した。

学生時代から周囲に望まれて、チームを引っ張っていく役職になることが多かった。今考えればおそらく、多くのことに気づきやすいからなのだろう。

そして、社会人になるまで「逃げる」をしてこなかった。だから、必要な時に「逃げる」が出来なかった。

自分の中では、人生で最も辛かった高校の部活も意地で辞めなかったし、何か上手くいかないことがあると自分に責任があると感じた。勝手に自責に追い込んでしまう癖が昔からあった。責任感が強く、他人からの依頼を断れないタチだった。

今回の病気は、それらの自分の性質を理解し、そういう自分を許していなかったこと、逃げるが出来なかったことも原因の1つ。

ヒトに対する苦手意識

前述した自分の性格の為、極端に人嫌いをする傾向がある。

具体的に言えば、外向性が強く、飲み会好きで、会話の間を設けずに、自分の言いたいことだけを語る人間が苦手だ。もう少し年齢を重ねれば、他者の苦手な部分が気にならなくなるかもしれないし、良い部分にスポットを当てられるようになるかもしれない。

でも、当時はダメだった。一緒の空間に居るだけで、ストレスを感じてしまう人がいた。近くで電話応対の声が聞こえるだけで、フラストレーションが溜まった。ストレスマネジメントの対応方針については、「嫌われるか、嫌われないか」というタイトルで以前に纏めたが、とにかくノイズキャンセリングを徹底することが重要だと整理した。

現在の職場では、「一緒の空間にいて辛い人」が近くにいない。自分の発言が正しいかどうかを気にし過ぎることもなくなったし、そう考えると、生理的に苦手だったのだろうと再認識した。仕事の内容もあるが、やはりどう転んでも最終的には「誰と仕事をするか」が重要で。

また、上司には精神疾患で1年休んだことも申し伝えてあり、周囲に状況を伝えてあるのもやり易さに影響していると思う。自分の状態をきちんと伝えることが、これからチームで仕事をするのに必要なこと。

転勤した職場では、前の職場とは業務内容が全く異なっていた。つまりは、前回の経験がほとんど活かせない職場だった。全くの新しい業務を担当し、基礎知識が不足しているせいで、上記の苦手意識を持った人の発言を簡単に受け流せなかった。若干の知識さえあれば、何かしらの切り返しが出来たかと思う。

また、業務の守備範囲が不明確で、自分が他者をマネジメントできる状態ではなかったのもある。そして、単純に、職場の人と合わなかった。技術的な相談相手を作れなかったことも原因の1つ。

誰かに質問をすること自体が、億劫で仕方がなかった。上司や同僚の性格から、質問内容をディレクションした後でないと、質問の意図が通らないと思ってしまうことが多く、言葉を発することに躊躇してしまっていた。

これって、つまりは「対話コスト」が高いって話なんだけど。チームで仕事をする際には最悪の出来事で。今考えれば、理解不能な原因が自分にあるはずがない。この辺りもブログで散々殴り書きをして整理したっけな。

症状について

サインに気付きにくい病気

職場復帰した後、注意深く体調を観察するようになっている。

うつ病は、自分で気づかないことがある。そんな自分も、サインに気づいていなかった。

多分、社会人になる前から、軽度の初期症状の兆候はあったけど、環境に恵まれていたこともあって、心身障害を起こすまでに至らなかったのだと思う。いわば、たまたまうつ病にならなかっただけ。

「この症状が出たら、危険信号!」だと分かっておけば、休息が必要なタイミングも掴めるはず。要は、傾向と対策が打てる。特に自分の場合は、赤信号に切り替わる前に、しっかり休むことが危機管理として重要。対話意欲が削がれてしまっているため、SOS信号を出せなくなってしまう傾向がある。

うつ病を発症した後に、周囲に助けを求めればよかったじゃないかと言われたこともあったが、あの時はどうしても出来なかった。誰かに伝えるという行為、それ以前に誰かと対話すること自体にストレスを感じていた。本心では相談したかった相手にも、別の要求を伝えてしまったりもした。

発症時期

病気が進行し出したのは、職場を転勤して2年目の10月が過ぎた頃だったと思う。それ以降、急激に体調が悪化し、1ヶ月後には父親に病院へ連れられて、会社を完全に休むようになった。

季節によって気分が滅入る人もいるらしい。「SAD:季節性感情障害」と呼ばれるらしい。北欧では「冬季うつ病」に悩まされている人も多く、日照不足が原因でビタミンDのサプリを服用しているのだとか。

昨年はその兆候がなかったけど、自分の場合も当てはまるかもしれない。正式に職場復帰した今年に関しては、自分の体調を観察したい。とはいえ、転勤してから1ヶ月後の5月頃にはすでにメンタルがやられていた。1年余りを騙し騙しで、なんとか続けていた訳だが、転勤して2年目に入る時は既にメンタルが疲弊し切っていたらしい。

思い当たる症状を、以下に列挙したい。

初期症状

レベル1:対話意欲の喪失

普段は言葉が自然と出てくるのに、曖昧な言葉しか出てこない。次第に会話についていけない。末期の頃は文字を読み取るスピードが遅くなり、数字が頭に入って来なくなった。

自分の場合は、対話意欲が完全に喪失しており、誰かと話をすることで解決したいという意欲が無かった。心の中で、誰も信用できないと認知が歪んでいた気がする。

人は自分の弱さを理解している人ほど、その弱さを他人に伝えられる人ほど強い。

自分の性格が面倒臭いと思うこともあるけど、内向的でセンシティブな部分がある。でも、それで良いし、この性格は変えられない。相手を受け入れる前に、まず自分を受け入れなくては。

迷惑をかけるのもお互い様だし、ネガティブな感情も含めて生きることなのに。ネガティブを愛する生き方を読んで、この辺りの「認知の歪み」が少しずつ修正されてきた気もする。

【読書】ネガティブを愛する生き方

レベル2:忘れ物、ミスが多発する

普段は忘れ物をしないのだけど、疲弊してくると財布や携帯をどこかに置き忘れるようになる。酷い時には、職場の重要書類を打合せの場所に忘れるようになった。

辛かったのが、職場のIDとパスワードを何度も紛失してしまったこと。再登録で時間を取られ、忘れ物でまた時間を取られる。そして、不注意で引き起こしてしまっていると認識してしまい、自信を無くすという負の連鎖。

仕事のミスも多発した。単純な数字の計算を間違っていたり、修正を依頼された書類をそのまま提出したりしていた。本当に酷かったし、辛かった。

レベル3:お腹の調子が悪い

これも典型例な気がするけど、職場で仕事をしている最中に腹が鳴って仕方がなかった。自分の意図とは関係なく、職場で大きなオナラが出て、恥ずかしさの余り、席を外したことも何回かある。

腸内細菌は、幸福感やポジティブな思考をつくるセロトニンやドーパミンの合成にもかかわっている。腸内環境が悪いと、これらをうまく合成できないのでウツな気分になりやすい、とのこと。

直接的な原因かどうかは分からないが、常に腹の調子が悪かった記憶がある。

レベル4:気怠い、眠い、息切れ

気怠いし、体に力が入らない。断続的に吐き気があり、動悸や息切れの症状もあった。

なんだか眠気が襲って来るし、何故か将来に対する不安も増大していた。とにかく体が重くて仕方ない。

少なくとも、この辺りで病院に駆け込むべきだった。

レベル5:太陽光の感覚

天気の良い日中に外に出てみても、太陽の熱を感じない。この辺りから、かなり情緒が不安定だった気がする。対話意欲が希薄担っており、誰かと話したいという気持ちさえ湧かなかった。

この時期は特に一人で休息する時間を欲していた気がする。現場に出かける時も、休憩時間も、とにかく休む時間が欲しかった。その割に、倦怠感が常にあった。

今は辛くなったら、一旦、職場の休憩室で横になって休むようにしている。以前の職場は、横になって休息できる場所を確保していなかった。疲れたら、少しでも「横になって休む」ことができる場所を確保することが当たり前になった。

レベル6:自殺願望

自分でも信じられなかったけど、最後には自殺願望が芽生えてしまった。

車を運転していると、何かにぶつかったら楽だという気持ちになった。本当にそんな気持ちになるんだと、その時に思った。もしかしたら、本当に何かの拍子に事故を引き起こしてしまったかもしれないと思うと、今の方がゾッとする。

そもそも、この段階まで来たらダメ。なのに、数ヶ月間この欲求を放置してしまった。なんとかならないことを分かりながら、自転車操業を続けていたと思う。

自殺願望が出てくるまで、自分を追い込んではダメ。対処の仕方を分かっていなかったのもあるし、うつ病に対する恥の意識もあった。

ひきこもり体験記#4:静養

前回症状についてまとめたが、休暇を申請する辺りから話を戻したい。

完全にSTOP

末期の頃は、職場に行っても全く目の前の作業をこなすことができず、誰かと目を合わせて会話をすることが困難な状態が続いた。しんどくなる度に、職場のトイレに閉じこもっていた気がする。

思考が完全にストップし、会社に行っても何も出来ない状態が続いたため、これはさすがにダメだと思って、父親にようやくHELPの電話を入れた。

その日は仕事を休み、次の日父親に寄り添ってもらい、近くの精神科を受診することになった。あまり記憶にないが、当時は相当に錯乱していたようで。担当医の先生に入院も勧められたが、相談の結果、実家で静養することになった。

実家で静養したのが結果的に良かった。良かったというか、実家で静養できる環境にあったことが非常に恵まれていた。自分で連絡が取れるような精神状態ではなかった為、父親にお願いして会社に連絡してもらい、とりあえず会社には1週間程度休みをもらった。

休むことだけ考える

休んでも一向に体調が回復する兆しがなく、対話意欲の低下、無気力、倦怠感といった状態は悪化していくばかりであった。病院の先生と相談の上、更に1ヶ月の休暇を貰った。

家族や近しい友人にも、うつ病を発症した人がおらず、そもそも自分の状態が心身障害なのかどうかを自分では認識出来なかった。

自殺願望まで芽生えているのに、自分の体を休ませることを優先させることが出来ない。この発想自体が既に病気だと思う。こんなことになる前に、処置が必要で。つまりは、体を休めることを最優先すべきで。

精神疾患に陥った場合、まずは体を休めることだけに専念する。誰か身近に助けてくれる人がいれば、全てを頼っていい。体が重く、倦怠感と無気力感が募り、何もする気がおきない。それがうつ病で、きちんと治す為に必要なのは、最優先で体を休ませることにある。

自分で自分のことが出来ないのが恥ずかしいとか、申し訳ない気持ちがあるかもしれないが、とにかく誰かに代替してもらうことを考える。

受け入れる

「病」を受け入れる

休暇を申請した当初、「あぁ〜これでゆっくり休める」なんて気持ちは皆無で、自分が残してしまった仕事の事でアタマがいっぱいだった。というのも、これから仕事が忙しくなるタイミングであったのに、自分が休んでしまうことで会社の人に非常に迷惑をかけることに対して、辛く情けない気持ちが強かった。

結果的に仕事が出来ないのだから、さっと気持ちを切り替えれば良かったのだと思う。療養に専念すれば良かったのだと思うが、初めての事で戸惑い、気持ちの切り替えが瞬時に出来なかったことを覚えている。

現実から逃避してしまったと思い、自分を軽蔑することさえあった。自己嫌悪が肥大化していき、劣等感ばかりが募った。だからと言って、職場に行って仕事が出来るか聞かれれば、絶対に無理だった。

1ヶ月経過しても、症状が回復する兆しが無く、「本当にこの病気が治るのだろうか」、「他の人は働いているのに自分は何をやってるんだろう」とか、「職場に復帰できるだろうか」とか、様々なことを不安に思った。

今振り返ると、病気を完全に受け入れられていなかった。結局、自分は病気を受け入れるまでに、半年を要した。自分が病気というよりは、「現実逃避しているだけ」だと思っていた。

次第に昼夜逆転の生活を送るようになっていった。本当にこんな生活していて良いのか?、ダメ人間を助長させるだけではないか。用意してもらったご飯を食べられなかったり、要は本当にただ生かされているだけの状態となった。

それでも将来への不安や、誰かと話をしたいという気持ちは回復せず、自堕落な生活を送っていた。

「逃避」を受け入れる

今になって多くの人に病気のことを話せるようになってきたけど、この時はまだうつ病になってしまったことを恥ずかしく思っていた。

単に心が故障しただけで、他にも多くの病気がある。病気になることが恥ずかしいだなんて、考えてしまう方が稚拙だ。復帰してから分かった事だけど、自分と同じように心身障害を起こした人は沢山いて、心の病は決して珍しい事ではない。恥ずかしい事のはずがない。

恥の意識が強く、職場との連絡を断絶していた。突然に休暇を取ってしまい、連絡を一切合切放棄していた。ただ、話が出来る状態では無かった為、仕方のない事だと反芻して思考を止めることを何百回と繰り返した気がする。

これまでの人生で、「逃げる」という選択肢を取らないようにしてきた。逃げることって格好悪いし、不細工だし、周囲から批判を浴びることに怖れていた。

「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマがあったけど、本当にその通りで。今は徹底的に逃げまくって、自分のコンフォートゾーンで生きることしか考えてない。苦手なフィールドで生きる必要なんてない。他者の目線を排除して、自分のアタマで考え続けられる幸福の生き方を探す。このように覚悟すれば、恥なんてことを考えない。

自分を許すことは、結局は他人を許すことに繋がるとも思う。自分が自分に優しく生きているのだから、他人も自己を大切にして良い。人は誰でも存在していること自体に価値がある。って、次の記事に書いてるけど、本当にそうで。

【日記】承認欲求のタイプ/その扱い方

その後

発症から半年程度が経過した。

唯一守っていたことは、病院から処方された薬の服用と、1ヶ月度に病院に通院することだけ。それ以外は、自堕落な昼夜逆転生活が続いていた。職場に関して言えば、4月に入って配置替えしてもらっていたものの、異動先の職場には一度も顔を出していなかった。

その後、体調が良くなってきたと感じたのが、7〜8月辺りからだと思うが、この頃から、体調が回復していくのとは逆行して、社会復帰への不安が増大していた。対人関係に対する不安から、職場復帰しても、またすぐに耐えられなくなってしまうので無いかという不安があった。無謀だけど、転職や移住することまで考えていた。

1度踏み外した階段を、もう一度登り始めるのは大変勇気のいることで。これは絶対に誰かの支えが必要だと思う。揺らいでいる自分を復職に向かわせてくれたのは、職場の元上司Aさんの支援があったのがきっかけだった。

(Aさんは自分が就職して1年目の年に、隣の席に座っていた先輩。その年は仕事が忙しく、深夜まで残業する日々が続いたが、Aさんの手助けもあって何とか乗り切ることができた)

復職のきっかけ

6月にAさんからメールを貰っていたが、他の人と同様に連絡を返す気力が無く、相変わらず既読全スルーの状態だった。そんな最中、Aさんがわざわざ実家まで来て、手紙を持参してきてくださった。人から逃避しまくっていた自分だったが、家まで来た先輩をそのまま帰すのは失礼だと思い、玄関に顔を出した。

Aさんから「無理して出てこなくても、手紙を読んでくれば良いよ」って優しく言ってくれたけど、玄関で立ち話も野暮だと思い、少しの間、家に上がって話をしてもらうことになった。

Aさんと面と向かって話をして、社会復帰を不安に思っていること、実は移住や転職も考えていること、ようやく身体が回復してきたこと、前の職場であったアレコレについて、思っていることを正直に話をした。

自分の話が一段落した後、Aさんから「実はさぁ…自分もこの間までうつ病予備軍で、心療内科に通ってたんだよ…」という話を聞いた。「転勤後に対人関係で悩み、心身共にギリギリの仕事をしてたんだよ…」という意外な告白を受けた。

Aさんは頭が良く、また快活な人柄で、仕事の出来る上司だと思っていたので、心身障害とは縁がないと思っていた。そういえば数年前、Aさんがうつ病予備軍の時、自分から一度挨拶に行ったことがあったが、全く目が合わなかった…あれは心身障害を引き起こす寸前だったからだと聞いた。確かにあの時、いつもと様子が違ったなぁと違和感を覚えていた。

Aさんも長期休暇までは取らなかったものの、職場の異動希望をだ出し、また定期的に休暇をとり、抗うつ剤を飲みながら仕事をしていたらしい。少しずつ回復していったが、Aさんの心が晴れたのは「交通事故を起こしたことが原因だった」という話も聞いた。ブログではこれ以上触れないで置く。

そして、自分と一緒だった元の職場に勤務しているという話を聞いた。自分が取り組んでいたプロジェクトの進捗具合や、当時のメンバーについて懐かしい話をした。Aさんと話をしているうちに、当時、自分が仕事に懸命に取り組んでいた姿を思い出した。

結果的に、このことが復職のきっかけとなった。

ひきこもりは、何もせずに休んでいるだけと思われがちだが、社会復帰に対する不安が増大し、どうして良いか分からず、身動きが取れない状態に苦しんでいる。ひきこもり当事者の多くが、誰かに背中を押して欲しいと思っている。本当はこのままじゃダメだと思っている。

その後、Aさん以外にも様々な人が実家まで声をかけてくれて、半年をかけて職場へ復帰できた。

と、いきなり省略をするが、かなり長文になり、盆休みも終わってしまったので、とりあえずここまで。

時間があれば追記したい…。

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