日記

【日記】職場のタスク煩雑化を考える。

投稿日:2019年1月4日 更新日:

これからの時代

自分らしい生き方の選択肢が増えた今、必然的に誰かが受け継いできた仕事が無くなりつつあることは、時代の流れとして避けられない事実であり、自分らしい生き方を容認していく社会に変わっていくのは当然のこと。

人口減少が深刻化するこれからの時代において、人手が減ることは避けられないし、優秀な人材を常に確保できる保障もない。先人たちが築いてきた知識や技能を、誰もが使い易い環境に整備していけるかどうかが重要で、業務を煩雑化するという発想は捨てなければならない。

確かに、完成度の高いサービスを求める場合、厳しい制約と条件設定が必要ではあるが、これからの時代においては、手間を減らし、作業をオートメーション化しながらタスク管理する手法を取り入れていく必要がある。既存のモノを整理し、分かりやすく使い易い状態に整えていくか、というシステム設計のニーズが高まってくるのは間違いない。

そのような「既存の働き方/仕事内容の在り方」を前提とした上で、私の職場を元に"業務内容の煩雑化"について考察を進める。

慣れてしまう、怖さ

私が所属している会社は、先に示したそれらの流れに逆行している。私の違和感の原因は、間違いなくそこにある。

第一に、情報を整理したり、情報を扱い易くするシステムを設計する部署が存在しない。

それどころか、誰かの失敗を基にすぐにチェックリストを作成し、ガチガチに書類でルールを固めていくことが大得意だ。必要な書類は増え、処理する業務量は増えていくばかり…。処理する書類の量が増えれば、どうしても転記ミスは増える。にも関わらず、ミスを防止するために紙ベースの資料を増やしていく。これは、イタチごっこに近いのでは?

こういうことを進言すれば、お前は担当レベルだからそう考えてしまうのだよ…と職場の上司に諭される気がしてならないが、私も管理職の立場になれば、首輪をつける=業務を煩雑化させることに苦心してしまうのだろうか。ルールや制約を追加して、部下に作業させる方が楽に決まっている。だが先に述べたように、多くのルールを追加していくことがミス防止に繋がるとは限らないし、"増やすこと"自体がこれからのシステム設計にはそぐわない。

会社の中間管理職以上は、自分が努力して仕事を覚えてきたのだから、若手もそのようにとにかく仕事を覚えるべきだというスタンスを変えようとはしない。仕事が出来ないのは、単に経験が足りないからだと思っている職員が多いのだ。ゆとり教育世代以降は勉強をしていないために、全体的に能力が低いと想定していると思っている人も多い。

本当にそうだろうか?仕事がなかなか覚えられない、作業効率が悪いのは、本人の能力が全てなのだろうか。

前提の記述を活かせば、本人の能力云々ではなく、誰もが使い易いシステムを構築していないのが原因にあるのだ。欲しい情報がなかなか見つからなかったり、人から直接聞かなければ得られない情報が多すぎる。つまりは、分からないことを解決するための「情報のプラットフォーム」がない。

分からないことを分からないままにしておくのは、本人に全て原因がある訳ではない。業務が煩雑化していて、やるべきことが目の前にたくさんあり、処理できるタスクの量を越えていることも多い。私の職場環境には、それらをサポートする機能が明らかに備わっていない。

また、多様性を認めるのであれば、他人との直接的なコミュニケーションに抵抗がある人にも配慮すべきだ。誰かから直接的に情報を引き出さなければ、処理できない仕事はそれ自体に問題がある。何のために、パソコンがあるのか。何のために、ネットが存在しているのか。

このことに危機感がないのがおかしいし、"タスクの煩雑化"をあまりにも軽視している。何よりも自分が、そういう雰囲気に慣れてしまうと怖い。

そういう雰囲気に慣れてしまうと、良くない意味で「郷に入っては郷に従え」状態に陥ってしまい、結局は自分のアタマで考えることができない。業務を煩雑化させることに躍起になってしまう「つまらん大人」は、能力がないことを自分から主張しているようなもの。

求められる作業能力

ワタシはもしかすると、抽象化が好きなのかもしれない。これは、最近気づいたこと。具体から抽象の行き来が自由に出来るようになると、頭良くなるって石原さとみの彼氏が言ってたような気がする。

会社で求められている個人の仕事内容をメタ化すると、こんな感じ。

*求められる作業能力
①:タスクの全体像とプライオリティを把握した上で、作業時間の見積もりを算出する。
②:プロジェクトを達成するためのロジック構築をする上で、足りない情報を短時間で抜き取ってくる。
③:素早く資料作成し、成果を的確にアウトプットする。

職場で求められる作業能力って私の感覚ではこんな感じなのだ。当然、これら以外にも後戻りを無くすために、関係機関に根回しをすることなども重要なテクニックではある。それらは割愛して、先に挙げた項目に厳選して思考を深掘りしたい。

良質なアウトプットを生み出すまでの作業を逆算できないと、この思考には到達できない。特に新人時代においては、タスクのプライオリティが判断できず、あらゆるタスクに同程度の時間を消費してしまう。そして、1人当たりが抱える業務量が増えているために、本来であれば重点的にチェックをかけるべき内容に時間を費やせない。時間の配分も、思考の配分も上手く調整できないために、良い仕事をすることができない。これは、仕方がない。

PDCAをガンガン回し、知識とノウハウを集約していくことが、一般的には仕事ができるようになるために必要な作業になるはず。事務作業であれば、他の仕事にも当てはまる部分があるんじゃないかなぁ。

作業時間の見積もりを算出する。

以前も書いたように、自分は仕事ができるかどうかを重要視していない。だから、仕事のメソッドをエラソーに語りたく無いし、職場内では絶対にこういう話をしない。職場で言えないからブログに書いちゃう悪い癖だが、お許し願いたい。

書き始めてしまったのは、職場で感じてしまう違和感を放置したくないだけ。自分が心地よい環境に最適化していかないと、感度がブレていき、最終的にアタマが働かなくなる=幸福度が下がることが嫌だ。仕事のやり方に正解なんてないし、各々が作業し易い環境で良質なアウトプットを生み出せればそれで良い。

私のモットーとして良質なアウトプットには、時短と効率化はセットだと考えている派です。アイデア勝負の仕事でなければ、ダラダラと時間を浪費しても無意味だと思っている。

先に示した3つの作業から、作業時間を搾取されている原因を考察する。事務作業に従事しているのであれば、これらの作業から時短/効率化を狙うのは間違っていない気がする。出来れば、改善策もちょっと考えてみる。

①:作業時間の見積もりを算出する。

役職が上がるにつれて最も意識すべきなのが、作業時間の見積もりを正確に算出すること。プロマネの資格もあるくらい、プロジェクトを遂行する上で最も重要度が高く、また最も難しい。プロジェクトの難易度を総合的に判断し、チームにおける個々の能力/性格も加味しながら、工程のアタマとケツを決めていくのは緻密で繊細な作業にあたる。

ただ今回は、担当レベルで自分の仕事の作業時間を算出することに絞って話を進める。担当レベルにおいては作業時間の見積もりを軽視している人も多いが、クライアントの信頼を得るためにも、またチームの信頼を得るためにも、この要素を外す訳にはいかない。私は、自分の力量をきちんと把握する上でも、作業時間の見積もりを正確に算出することは、タスクの最重要項目だと思っている。

例えば、プロジェクトの作業内容を1から10まで説明できないのであれば、各タスクの見積もり時間に違算が生じている場合が多い。そういう小さな暗黙知が積み重なっていけば、想定していた工程/予算を大きく超過してしまい、仮にプロジェクトが完成したとしても、必要な部分に充分なお金と時間を注げてないことが多い。つまりは、無駄が多い。

新人時代には、作業時間の見積もりを出来るだけ正確に詰めていくよう意識するだけでいいと思う。具体的には、作業工程のプロセスを文章化してみたり、図式化してみるといい。全体像がある程度見えているのであれば、大まかに作業工程を文章またはグラフィックで説明することはできると思う。全体像が見えていれば、作業工程を更に細分化し、より詳しく説明できるところまで知識/技術レイヤーを重ねていけばいい。知識を更に強化したり、または再構築しながら、合理化した知識体系によって作業プロセスを説明できるようになれば、作業時間の見積もりについてはある程度正確にできるようになる。

初めの頃は、プロジェクトの作業内容の何処かに疑問点があり、作業時間を正しく計測できない状態で、プロフェッショナル相手に質問をぶつけて全く問題ない。その段階から、少しずつ知識体系を網羅的に学習し、自分用にカスタマイズされた合理的な作業工程を作り上げるための質問を相手にすることができる。だからこそ、初めは全体像を掴むだけのトレーニングで良い。

実際のところ、そこまで時間を割かない方が良い部分に、エネルギーを注いでいることもある。特に、現代においては社会構造が大きく変革するような技術が日毎にアップデートされているため、そのタスクがそもそも必要なのかを原点から考えてみることも重要。課題解決に当たり、人の手を借りなければ使わなかったタスクや、他の手法が試せなかったタスクも、現在の技術ではより簡単に、より安く仕上げることも可能だったりする。その視点は常に忘れてはならない。現状のタスクが必然であるかどうか、常に疑問を持つべき。

これは、結局のところPDCAサイクルの話で。実践をこなしながら、作業工程をアップデートしていくことが技術の修練度を高める上で最も効果的だ。そして、具体的な改善点を緻密に発見する手段として、アーカイブ技術は最善の手法だと思う。

プロジェクトの舵取り

担当レベルであれば、プロジェクトの舵取りはしなくていい。更に言えば、自分でプロジェクトの方向性を決めるべきでないと思う。最終的な責任は上司に存在するため、担当が口出ししていい領域ではないと思っている。方向性を提案することは間違っていないし、上司が常に正解を選ぶわけではないけれども、プロジェクトの決定権は担当レベルには存在し得ないと私は考えている。これは、あくまでも個人の見解です。

自分のプロジェクトだ!と気負ってしまう方が精神的に辛い気がする。担当として責任の一端が無いわけではないが、自責の念を募らせてもしょうがないし、プロジェクトは1人で完結するものではない。決定権に関して、不服である状態が続く場合は、職場を変えてもらうか、自営に転職する道もあるからね。

社畜であれ、自営であれ、どのみちクライアントからの信頼を得ることができなければ、仕事は成り立たない。だからこそ、作業時間の見積もりを算出することは最重要事項に位置付けている。

あー、これだけで記事が長くなりすぎ。②:足りない情報を短時間で抜き取るところからは、別記事で。

②:情報を短時間で抜き取る

*時間を搾取される要因

他の業界や会社は分からないが、うちの会社では「必要な情報を抜き取る」ことに作業時間を充て過ぎている職員が多い。欲しい情報が、何処に記載してあるかを探すだけで半日、いや丸1日以上を費やすような職員も中にはいるようだ…。

これまで積み上げてきた、情報や技能を引き出し易い環境が整備されていないのが大きな原因だと思う。つまりは、「情報のプラットフォーム」を整備できていない。これまで何十年にも渡って、ノウハウを蓄積させているのにも関わらず、その情報源が今の仕事に活かされてない。根気強く探せば情報を見つけることはできるかもしれないが、必要な情報を抜き取ることに時間がかかる。例えば、書庫に篭って書類を読み漁るようなアナログな努力を必要とする。何かヒントを見つければ良いが、結果的にリサーチするだけで時間を浪費してしまうことの方が多い。

また、私の会社においては、教育訓練は全て「OJT」で行われる。研修があってもそれは形式的なもので、実務は身体で覚えろ!という体制以外に知識伝達の手法がなく、非常に効率が悪い。なぜなら、本人の主体性や能力とは別に、指導役が誰かによって仕事を習得する速度に雲泥の差が生じてしまうからだ。指導役のパフォーマンスレベルを適切に判断できる新人などほとんどいないだろう。初めての情報ばかりで、目の前の知識を拾い上げることで手一杯なのが当然であるから。

*対策について

「どのような情報を、何処から仕入れてくるか」という"情報の収納棚"があれば、処理スピードは格段に上がる。経験則から情報の引き出し場所を特定し易くなるのは間違いないが、誰でも簡単に使用できる情報の収納棚=プラットフォームを設営することが、グループ全体の生産性を高める礎になる。

確かに、個人の最低限の努力として、そもそもどこに何が書いてあるかを調べて、アタマの隅に置くことは必要だ。ただし、「必要な情報を抜き取る」ためには情報のプラットフォームを整備することで、その仕事に関わる全ての人の作業効率を上げることが出来る。アーカイブされるために、今より未来に位置している何者かがそれらを参考にしてプロジェクトをすすめることもできる。

生活に5Gが実装されれば、今までよりも更に情報を掴むスピードが上がる。つまりは、生産性が向上する。にも関わらず、情報が集約されていなかったり、アナログの状態で放置されていることは、宝の持ち腐れだ。5Gになってネットワーク環境の整備が進んでも、情報を検索できるデータベースが備わっていなければそのポテンシャルを発揮できない。

情報のプラットフォーム

では、具体的にどんな情報のプラットフォームが必要だろうか。少し具体例を挙げる。

*誰でもアクセス可能なデータベース

情報が1元的に集約され、抽象と具体事例紹介、想定外の事象に対するQ&A、などが網羅的に纏めてあるページを、アクセス可能な職員が自由に編集/改変できるものが良い。既存のコンテンツで例えれば、wikipediaのようなモノだ。情報が電子化されていて、誰でもアクセスできる環境、更には編集できる状態を作っておけば、勝手に情報が集約されていくように思う。

*動画での指導手法

ある特定のプロジェクトについて、1から仕事の進め方を解説している動画を作成するのはどうだろうか。
写真/動画としてビジュアルでアーカイブされた形式の方が、受け取る情報量は多い。文字は補足的に解説文として使用してあって、情報量の大元はビジュアルによって成り立っている。Youtubeが主流なコンテンツになり、これだけ動画文化が発達してきているにも関わらず、動画で仕事の内容をレクチャーするような動きは社内に見受けられない。

通常のプロジェクトに必要な作業を1つずつ解説した動画があれば、仕事の教え方/覚え方をもっと節約できる。これは、部下だけではなく上司も同じこと、あの動画を見たら分かるよ〜って言えば、上司は教育指導に時間を搾取されなくて済む。動画では説明されていない要素情報については、持ち前のOJTで指導すれば良いじゃんね。

自分の仕事ぶりを動画化されることに抵抗を覚える人も多いと思う。言わずもがな、私も実際のところは嫌悪感を覚えるに決まっている。他人から頼まれてもOKとは言わないだろう。でも、案外悪いことばかりじゃない気もする。職場の後輩連中がその動画を見て勉強することで、あぁ〜あのプロジェクトを解説していたあの人だ〜!ってなることは間違いない。その語り口が分かりやすいのであれば、この人と仕事がしたいと思う人も増えるはず。つまりは、本人に付加価値を生む上で有効な手立てだったりする。プロジェクトの手法をレクチャーした動画を公開されてしまった人は、特典として職場内でプレミアが付く訳よ。これは、プライバシーをタダ売りしているだけではない。

*Slack

企業によっては「Slack」というアプリを使っている話を聞いたこともある。ラインに似た機能らしいのだが、もう少しビジネスに特化していて、オンライン上で社内の人に気軽に質問を飛ばすことができる。座席周りの人に聞けない状況にあったり、聞いた人から芯を食う回答を得られなかったとしても、オンラインであれば誰かがヒントをくれる可能性がある。社員数が多い企業であれば、さらにその実現可能性は高い。そういったサービスを参考にするのも良い。

重要なのは、欲しい情報を短時間で引き出すことができる環境を整備することにある。

その他:社内での問題点

欲している情報にアクセスする上での課題は他にもある。他の企業も同じような案件があるかもしれない。

*セキュリティの縦割り

話は変わるが、私の会社の問題点の1つに、部署ごとでの「セキュリティの縦割り」が存在している。私の会社ではセキュリティのレベルを上げるため、サードパーティ製のアプリケーションを導入できない。その上、各アプリケーションを部署毎に開発/運用しているため、異なるアプリーケションにアクセスするとその度にIDとパスワードを要求される。数秒の労力ではあるが、その手間が積み重なると大きなロスを生む。自堕落な私は、そのIDとパスワードを紛失することもしばしば…。これは私に問題があるけど、セキュリティの縦割りでの弊害は大きい。これも、多くの人が違和感を覚えているネタだが、会社の規模がある程度大きく、セキュリティに力を入れる必要があるため、職員が渋々従っている部分だ。

今は生体認証によってセキュリティ管理できるのだから、OSに導入すればいいだけの話。セキュリティの縦割りを統一できず、部署毎にアプリケーションを運用せざるを得ないのであっても、セキュリティの認証システムを生体認証に一元化することは可能だと思う。前回記事に書いたように、システムを扱いやすくする部署が存在しない。こういう気づきがあっても、改善できる部署が存在しないのが現状だ。みんなが従っているので、それでやってくださいで終わりなのだ。

*ペーパーレス化

パソコンで作業をしているのに、完全にペーパーレスにはならないのが現状。確かに、紙ベースの方が検算/確認しやすいという利点はあるかもしれない。情報を集約化する際に、紙と電子データが混在していて、結局は集約できていない=正確なアーカイブになっていないパターンが多い。

紙は結局いつかのタイミングで焼却されてしまうが、データであれば残る可能性は高い。その場合に、参照元になるのは電子データになる可能性が高い。それに紙ベースの資料を増やしていくことは、事務所の物理的なストレージを減らしていく。

せっかく集めた情報をアナログで保存しておくのは、集約化の観点からみても勿体無い。誰かが欲しがっている貴重な情報を検索しにくい状態で保存してきている。後任者のことも考えて、情報のデータベースを構築し、誰もがアクセスしやすい環境を整えて、アーカイブを残しておくべきである。

紙ベースの資料を電子データとして残しておくのであれば"自炊"しなければならず、非常に手間がかかる。資料を焼き捨てずに、情報として残しておきたいのなら、正確にデータ化するのは必然な処置だと思う。今は優先度が紙ベース>電子化になっている気がするが、アーカイブ方法を2種類とも保存していることに問題がある。とはいえ、私も電子データのみの編集作業や確認に慣れていない現代人であり、上の世代において私の世代以上に抵抗があるのも理解できる。

*会議でのパソコン持ち込み

今回の内容と合致しないが、ナゼか会議でパソコンを持ち込むことに違和感を覚える人が未だに存在している。メモは手書きでないと相手に失礼だという感覚は流石に捨て去って欲しい。

という愚痴を書いたところで、ようやくこの記事は完結。次回は③:素早く資料作成し、成果を的確にアウトプットする、について思考する。

素早く資料作成し、成果を的確にアウトプットする。<

抽象化して作業効率の方法論を検討してみると、活用できる場面がたくさんあるなぁ…段取りが必要な事務作業全てに適応できる。今回は思いつくままに内容を羅列していっているが、これらの術をより詳細にしたものをログに残し、整理していけばかなりの力になるはず…。

また、このタスクを抽象化して認識していれば、自分の仕事だけでなく、誰かに作業を任せるときに役立つとも自負している。

実際は、意思疎通の問題

*資料作成以前の問題

手をつける課題とその順序、そして必要な情報の確保先を把握しておけば、その先の資料作成に没頭することができる。個人差はあるだろうが、ゴルディロックスが担保された上で、淡々と作業をこなしていくのは楽しい。他の人はどうか知らないが、少なくとも私は楽しい。確かこの状態を、「フロー状態」と呼ぶ。

ある程度の事務作業能力を持ち合わせている人であれば、資料作成については難しいものではない…はず。いや、「フロー状態」に没入すれば楽しいとさえ私は思う。入力操作を簡略化し、自分用に環境をカスタマイズしていけば、作業効率はある程度まで伸びる。にも関わらず、成果のアウトプットが遅い原因は、これまで綴ってきた①や②の部分に問題があるのでは?と私は思う。

多くの場合、「①:どこから手をつけるか?」または「②:欲しい情報の場所はどこか?」について、"悩んで"しまっている。そういう時間をなるべく減らして、資料作成に時間を割くべきだ。

悩むことに時間を費やしているのは、はっきり言って無駄だ…。悩むと考えるは全く別物である、というのは、「イシューからはじめよ」の受け売りだが、人に聞くだけで解決できるのであれば、周囲に助言を求めたほうがいい。チームで仕事をしているのに、自分一人で悩む時間を消費しているのは、単に勿体無い。1日中考えていて、次の日に隣の人に相談したら、すぐ解決するようなこともある。

「知らないことが恥ずかしい」という固定観念は今すぐ捨てるべき。周囲からの評価より、作業を進めることの楽しさが優先されれば、この問題は解決される。自分が変われば解決できる問題なら、見方を変えるだけでいい。仮に、知らないことの恥ずかしさが原因で、誰かに助言を求めることについて躊躇してしまっているのであれば、コミュニケーションの在り方から見直した方がいい。

ただ、自分が変わっても解決できない問題も多く存在する。仕事の相談をする上司が苦手で、コミュニケーションのハードルを下げることを自力で出来ない場合は、職場環境を変えることも視野に入れるべき。パフォーマンスを活かせていない原因が、職場の人間関係にあるのだとしたら、それは自分で変えることはできない。自分が出来ることといったら、働く場所を変えることだけである。これも、「嫌われる勇気」の受け売りで、"課題の分離"を染み込ませれば良い。

*「自分が悪い」を断ち切る

問題解決をチームで処理していく場合、アウトプットのスピードが遅いのは、往々にして人間関係に問題がある。作業を任された人間の能力云々より、プロジェクトマネージャーが誰でも実行可能な作業フローを示せていないことに原因がある。それなのに、新人の担当者が自分の能力のせいにしている話をよく聞く。「自分が悪い」を募らせるのは、日本人は大得意だから。

だがこの元記事に書いたように、人口減少が深刻化していく中で、「既存のモノを整理し、分かりやすく使い易い状態に整えていくか」というシステム設計を構築し、誰でも容易に作業ができる状態を目指していく必要がある。だから、自責の念を募らせる習慣は今すぐ捨て去るべきだ。そういう習慣を残したままでいると、自分が部下を指導する場合に、自己肯定感を喪失させる可能性がある。その連鎖を断ち切るためにも、「自分が悪い」という思考を一旦外すべきだ。自分が不得意に感じることは、「システムで解決する」という思考を持ち合わせるべき。

そうそう。誰かに作業をお願いする場合は、①と②を明確化した上で、資料作成を頼むと良い。私の会社内では、それを放棄している人が多くいるが、それは指示になっていない。デキナイ要因が本人のモチベーションに起因するものでなければ、指導/指示の在り方を改善する必要がある。部下が主体性によって作業スピードを向上させ、モチベーションをアゲアゲにできるかは、上司の指導方法が大きく影響する。

資料作成の技術職

*アウトプットに重心を置く

資料作成によってコンセンサスを得る術を習得するのは、社会人になってから覚える人がほとんどだろう。学生時代のテストや課題の提出に追われていた環境から、社会人になって初めて一定のルールの中で他者の意見を取り入れてプロジェクトを進める手法に切り替わる。その作業の違いが受け入れられないのは当然のことだと思うし、"協働"を活用できないのは仕方ない。将来的に個人事業主/フリーランスになるにしても、プロジェクトをチームで進める一連の手法を体得してみることをオススメする。

私は仕事に少しずつ慣れてきたこともあって、資料作成のインプットとアウトプットを同時並行で進めている。仕事は資料作成がメインであるため、必要な材料をかき集めてざっくりと資料を作っておき、情報採集時の疑問点をメモしておく。ざっくりとしたアウトプットを上司と共有した上で、メモを録っていた疑問点を1つずつ潰していく。全ての作業はアウトプットに重心を置いた手法が1番早いのではないか、と経験的に感じる。

逆算して組み立てていく見立てを意識的に進めていれば、資料作成のスピードは飛躍的に上昇する。そうなれば、結果から報告するスタイルに勝手に切り替わっていく。思考がアウトプット優先になっているのだから、ビジネスでよく注意される「結果から示せ」が受け入れるようになるし、そうでないと違和感を覚えるようになる。

*抽象化してオールジャンルに適応せよ!

難易度及びプライオリティからいえば、①>②>③の順になるのだが、新人時代には特に考えずに、指示された③の資料作成の作業効率をガンガン伸ばしていけばいい。1つの点を理解することで、1つ1つが線になってプロジェクトの全貌が見えてくる。点を整理する速度が上がれば、類似する事柄の処理スピードも向上する。結果的に仕事を素早く理解し、基本テンプレを網羅できるようになる。そこまでいけば、仕事の自由度が格段に上がる。

「資料作成の技術職」を目指そう。記事の最初に綴ったように、資料作成によってコンセンサスを得る手法はあらゆるジャンルに適応できる。作曲であれ、写真であれ、ブログであれ、結局は資料作成の延長に過ぎない。主体性を持って行動した結果をアーカイブして、アウトプットする。資料を使ってコンセンサスを得る。これは、オールジャンルに適応できる。具体的な仕事の手法に目を向けるより、抽象化してあらゆることに適応する術を磨こう。

どうしてもメソッドの話になってしまうけど、私はやっぱりこういう話はあんまり好きじゃない。でも、そこからメタ化して要素を抽出することは好きみたいだ。

あーまた、話が2点3点している…。ようやく話を戻して、③:素早く資料作成し、成果を的確にアウトプットする。の具体案を纏めたい。前述したようにコミュニケーションに原因がある場合が多いものの、今回はその問題を排除した上で、対応策を考えてみたい。

対応策

*パソコン操作/整理術

2回以上の入力が必要な操作を、1回に集約させることは簡略化の大原則。また、極力不要な情報は削ぎ落として、必要な情報を情報を引き出しやすい環境にしておくことが重要。

毎日の作業を簡略化させておく操作術は習得させていて損はない。損はないどころか、積み重なると大きな作業時間の差を生む。認識しやすい部分で、理解し反復すれば改善できる内容でもある。そのような要素を簡単にリストアップすると以下のようになるが、10個以上はさっと思い付きたい。できれば、100個は簡略化のアイデアを思い付きたいところ。これは大げさな話では無く、ガチで。多分、作業効率化を毎日考えている人は、100個以上のアイデアを実践しているはず。

*作業効率化のアイデア
・ブラインドタッチ
・ショートカットキーの登録/追加
・よく使用する定型文の単語登録
・よく使用する印刷方法の登録
・作業手順のリストアップ
・デスク周りの整理整頓
・ファイリング(インデックスの活用、背表紙)
・電話対応のメモ作成方法
・プライオリティの整理
・気分転換にコーヒー、音楽を聴く

まだまだありそうなので、これはまたリストアップして別記事に残したい。

一般的な事務作業であれば、新しい情報をかき集めて全く新しい何かを創るというより、既存のアイデアを整理して並べるという発想の方が正しい。私たちはどうしてもシステムを煩雑化しがちだが、情報をコンパクトに集約することを優先すべきだ。これからの時代に必要な発想であるし、仕事ができる人は「情報の整理」が上手い。クリティカルに問題要因を整理し、明快な解決策を打ち出す人は、不要なものを削ぎ落とすことに長けている。つまりは、本質を見抜くことができる。

*新たなアイデア(作曲編)

記事を書いていて、実験的にやってみたい手法が思いついたのでメモ。

作曲の手順を動画に撮って、テロップ付きで解説を入れてみる。現時点で可能な範囲で良いので、作曲の手法をアーカイブする。作曲の作業手順は、ブログに書くより、動画化した方がアーカイブの品質が高い。また、記録に残すことで長期的な視野によって改善点を浮き彫りにしてみる。

*作曲フロー動画に必要な環境
・画面録画/録音できる状態にする → 現時点で実行可能。
・動画編集ソフトを持つ → 持ってる。
・youtubeに動画をアップロードする → アップロード方法を知っている。

って、今の状態ですぐ出来るじゃん。やってみまする。

補足:タスクが提供されている状態。

*人生は究極的には暇つぶし

補足というか、資料作成のメソッドとは関係ない話になるが、少し触れたい。

目の前に用意されたタスクが提供されているのは、幸せなことであり、また不健康な状態でもある。なぜなら"自分が何をしたいか"に囚われず、また孤独について悩まずに生きることができる。このことに悩まずに生きられる方が幸せだと思うが、それと同時に全く考えないで生きることが幸福とは限らない。なぜなら、シガラミのない自由な世界へ帰着した時、何もすることが無い状態に嫌気が差し、最終的には虚無に陥ってしまうからだ。

本来、仕事がない状態が自然なのである。金を稼ぐための仕事を毎日するために、生まれてきた訳じゃない。ただ一方で、人は何もすることが無い状態に耐えられない。何かやるべきことが目の前にないと、多くの人は生きる意味を見出せない。

人生は究極的には暇つぶしだ。これは以前書いた、「承認欲求」の話に繋がるのだけれど、多くの人は誰かに承認されることを目的として生きてしまっている。誰にも必要とされていない自分に向き合った時、人は何をモチベーションとして生きるかについて悩んでしまう。

他者欲求を得ることを目的として、生き続けるのはしんどい。他者に評価を委ねることになるし、自分で自分を楽しませることが出来ない。自分を楽しませることが出来ない人間が、どうやって他者を楽しませることができるのだろうか。自己承認を取り入れて、自分で自分を楽しませる術を身につけていく必要がある。

*自分で自分を楽しませる

主体性を持ち、自分でタスクを設定する習慣をつけよう。

シガラミのない状態を原点に置き、1日をどう過ごすか、1年をどうやって楽しくするかを自分のアタマで考えるのだ。与えられた時間をどのように、どんな視点で過ごすかを自分で決める。その視点を多く持つことが、幸福に大きく影響すると思う。

だからこそ、一番最初に自分の気持ちに素直になることは重要だし、視点をたくさん持つことも大切。幸福の価値観は、本人でしか判断できない。手探りで発見するしかない。

また性懲りもなく、こんな話を次回の記事で書くような気がする。

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