日記

【日記】承認欲求のタイプ/その扱い方

投稿日:2018年12月25日 更新日:

ずっと考えていたこと

今年は能動性を喪失することについて、深く考えさせられた1年だった。自発的に思考/行動したいと思っても、全く出来なかった…あの体験は本当に辛かった。

このことは、多くの時間を割いても完全に克服することはできない。ただ、決して無駄ではなかったし、今後の人生の肥やしになることは間違いないが、もう2度と経験したくはない。私の場合は、「生きていないこと」と同じような状態だった。能動性を喪失することは、自己肯定感を奪ってしまうためだ。これは断言してもいい。

このような実体験を通じて、自分のアタマで考えることの重要性を心底感じている。併せて、その環境を整備することも怠ってはならない、と。

自分の目で観て、心で感じて、考え、行動し、誰かと分かち合うことこそが、幸福を引き寄せると信じて止まない。自分のアタマで考えることが、幸福を創造する糸口となる。

だからこそ、もっともっと自分のアタマで考えねば。

選択肢が拡張する、いま。

人生の多くを、仕事に従事している時間に充てる。

そして、「仕事をする=他人へ奉仕すること」という着想が私にも根付いている。そのためには、自己犠牲も厭わないという精神性は、日本社会の中で正しく教育され、その思想を綺麗にインプリントされた証でもあるように感じる。

その思想を軸に仕事していると、何のために仕事をしているのか分からなくなってくる。これは、現代を生きている人なら当然の「違和感」だと思っている。逆に、この感覚が浮上してこない人の方がどうかしているとさえ思う。大抵の場合、他人が築いたレールに乗っていることに安堵しているのか、不安だけど気づかないふりをしているか、何も感づいていないか、のいずれかだと思う。

信じられないくらいのスピードで、世の中の構造が大きく変わっている時代。旧世代のマインドセットで生きているのは勿体無い。人生に費やす選択肢が増えたことで、個人が幸福を得るための選択肢も増えている。つまりは、自分で考えて行動した結果、自分が幸福と感じられる、自分らしい生き方を体現できる可能性に満ち溢れている。

それには他人の目を排除し、自分のアタマで考えることが大切だ
(※念のために補足しておくが、他者の意見を全く聞かないとか、利己的な感性で物事を決断するという意味ではない)

冒頭で示した通り、自分のアタマで考えることが幸福を引き寄せる。
誰かの考え方をそのままの形で踏襲したとしても、自分にとって心地よい領域は、自分が感じる幸せの中心点からはズレている。その違和感から逃げずに観察して、日々ライフハックしていかなくてはならない。「自分と向き合う」とは、そういうこと。

過去の偉人たちが築き上げてきたノウハウや作品は、自分で考えるためのツールに過ぎない。私がこれまでインプットしてきた論理(論理思考/複眼思考/マインドセット)に関することや、感性(映画/音楽/漫画/写真etc)に関することは、詰まるところ、「それらを体得/体験して自分はどう考えるか?」を発見するためのツールだった。

内的世界を覗いて、自分の感情に素直になることを許してあげよう。

他者承認と自己承認

前置きが長くなってしまった…私の本当に悪い癖で、治らないというか、治せない。

ここからがようやく本題。

ブログ記事で散々綴ってきた通り、職場で承認欲求を発散する人は大嫌い。この傾向が強い人と一緒に仕事をしていると、知らないうちに気が滅入ってしまうので、物理的に離れるしかないと思っている。そんな感じで毛嫌いしてきたため、承認欲求を完全にシャットアウトしてきたが、ここ最近になって考え方に変化が生まれた。

wiki情報によると、承認欲求には2つのタイプがあるそうだ。

*承認欲求のタイプ
・【他者承認】:他人から認められたい、という欲求。
・【自己承認】:自分で自分を認めたい、という欲求。

このうち、自己承認に関しては、自分のアタマで考えるためのサポートとして、正しく利用するのは良いことのような気がする。

他者承認は必要とせず、自己承認は開放してやっていい。むしろ、どんどんやっていい。自分のアタマで考えた結果、小さな成功に結びついた事実を、いちいち心の中で喜んでいい。いや、失敗すらも喜んでいい。挑戦したこと自体を褒めてやっていい。

能動性を持続しやすい、自己肯定感を掴みやすいのであれば、承認欲求を上手く利用しない手はない。

自己承認のその先

自分の優位性を示すことで、承認欲求を満たす次元の人間は相手にしなくていい。誰かに承認欲求を求めるウザい人は、自分が辛くならない範囲で接する程度で十分。話しててしんどいなら、物理的に離れるが吉。この辺りは、「他者承認」に依存して生きているクラスタ。いや、これまでコミュニケーションに苦労して生きてきてないのかもしれない。そういう人たちは人間的で素直で可愛いなぁ、と思っても尊敬することはできない。

もう少しコミュニケーションについて考察している/感の良い人であれば、誰かに奉仕することや、自分の知恵/技術を他人に提供することで承認欲求を満たす。これは「自己承認」の範疇で、上手に活用すれば、「自分のアタマで考える」ための強力なサポートになる可能性が大いにある。

私はそこから、「自己承認のその先」を考えてしまう。何かのスキルに長けていることや、知識があることで自己承認を満たすことは悪いことだとは思わないが、人は誰でも存在していること自体に価値がある。特定のノウハウや技術を持っていることで、その人の価値が決まるわけではない。そういう価値判断で、人を評価してはいけないし、自分を評価するようになってはいけない。そういう目線で、生活することが幸福を退ける。

人は皆いつか、社会的ニーズを失ってシガラミのない世界へ帰着する。本当は、その状態が自然なカタチであって。実存のゼロ地点から観察すれば、仕事の知識やノウハウに何の価値があるというのか。

ただよ、ただ。

過去に集約された知識やノウハウによって、現在の社会基盤が形成されているのも事実。私が過去の偉大な作品によって勇気を与えられ、生きる意味を諭されるのも事実。だから決して、仕事のスキルを軽視しているわけではない。ただ、仕事の知識やノウハウばかりを詰め込むことだけに気を取られていては、シガラミのない世界で苦しむことになる。あぁ…これは、多視点の話かもしれない。仕事ばかりに尽力していると、知識やノウハウを得ることばかりを追い求めがちだが、生きる上での本質的な部分を突くために、実存のゼロ地点からの視点を持っておきたい。

アーカイブに関しての記事を何回か書いてきたが、これも間違っていない気がする。作品/技術/ノウハウをアーカイブし、アクセスできる状態を作っておくことで、将来的に誰かがそれを利用することができる。自分がシガラミのない世界へ帰着しても、"いつかの誰か"にとってはそれが必要だったりする。そうやって、社会的ニーズをいつでも取り戻すことができる…自分が死んだとしても。だからこそ、アーカイブの力は伸ばしておいて損はない。

しかしそうであっても、社会的ニーズのタイミングは自分でコントロールできない範疇にある。だから、やはり他者承認は求めてはいけない。自己承認とその先を上手く利用するのだ。

人間関係に関する我慢が極端に苦手だ。私は人の好き嫌いが激しいが故に人間関係をこじらせるパターンが多いのだけど、結局じゃあどんな人とより深く付き合っていきたくて、逆にどうでもいい人ってどんな人なのかってことを整理する。
これは結局裏返すと、自分がどうありたいかに繋がる。

より深く付き合いたい人

ライフハックできる人

好奇心が旺盛で、客観的/理論的に物事を追求できる素養が必要。また、失敗を重ねる楽しさを知って継続性を持っている人間でないといけない。地頭がいいとか容量がいいってことより、自分のしたいことに対して深掘りできる能力を持ち合わせている人。
自分の内的世界を信じて、その世界に没頭できる人は、ちゃんと強くてちゃんと弱いから信用できる。

何かを表現している人

何かを表現しているってだけで尊い。表現を媒体を通じて拡散しているならもっと尊い。それをお金という抽象的な価値に置き換えられるならもっともっと尊い。

誰かに寄り添うことができる人

これは今までの条件を度返しした話。誰かに寄り添うことができるだけで、尊い。それは一方的な押し付けの稚拙な感情ではなく、相手を尊重して寄り添うこと。

どうでもいい人

影響を与える/受けることに対して、強くは踏み込まないようにする人。

*自分を大事にしてくれない人

これはわがままにも取れるが、相手に敬意を払って接していても自分を大事にしてくれない人とは深く関係を持たない。

*シガラミの中でしか生きれない人

現実が最優先であることは仕方ないが、それ以外の世界に全く興味を持っていない人は教養がないので結局ライフハック能力が低い。

距離をおく人

全部嫌いな人はいないけど、ずっと一緒にいるよりは少し距離をとった方がいい人。

*狂気を公共スペースでばら撒く人

マジで嫌い。ブログで何回も書いた。歳とって知識があるからっていい気になってはいけない。

*承認欲求の強い人

これも最大級で嫌い。歳下や子供は許せるけど、年増のいい歳した大人が承認欲求強いのはめちゃくちゃ苦手。敏感に感知してしまうから辛いし、生きづらい。

*説教始める人

付き合いが長かったら分かるけど、知り合って間もないのに説教垂れる人がいる。結局、シガラミの話をしてくるパターンが多くてクソつまんないので積極的に関係を持たない。
あと、歳食ってるのに偉そうな奴も嫌い。人の気持ちを理解しているなら、知識がない若手に優しくできるのは当たり前。

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